サイトウさんとワタナベさんのホントウのところ
名字の「サイトウ」や「ワタナベ」には複数の異体字があります。何十種類もありますと面白おかしく書かれたものもありますが,本当のところを整理しておきたいと思います。
サイトウさん
まず確認しておきたいのは,「斎」と「斉」は異体字ではなく別字ということです。
「斎」は,「斎場」(サイジョウ)「斎戒」(サイカイ)のように「ものいみ」の意味があります。一方「斉」は,「ととのう」「そろう」意味で,「斎」とは全く異なります。熟語としては「一斉」(イッセイ)「斉唱」(セイショウ)などがあります。読みも意味も異なるわけです。
では「斉藤」は「セイトウ」ではないのかという感じもしますが,漢字字典『漢辞海』によると,斉をサイと読むのは呉音,セイは漢音でどちらもこの字の音読みとしてあるのだそうです。歴史の教科書に出てくる斉明天皇も「サイメイ」ですね。また,同字典の「斉」の項目の後ろの方には「斎」に通じる字義も掲載されており,なかなかややこしい。
ともあれ,「斎・斉」は別字ということをまずおさえておきましょう。
「斎・斉」両字には今日一般的な常用漢字体のほかに,旧字体があります。旧字体とは,ざっくりいって明治〜戦前の活字体です。(明治以前はどうなのか?という点は,話がややこしくなり本題からそれるので,またいつか)
「斎」の旧字体は「齋」です。「斉」の旧字体は「齊」です。上半分が同じように複雑化して見えますね。表にまとめるとこうなります。
| 常用漢字体 | 旧字体 | |
|---|---|---|
| ものいみ | 斎 | 齋 | 
| ととのう | 斉 | 齊 | 
意識する必要があるのは,この4つだけです。あと何十種類あるのは,旧字体の複雑な部分の書き方がちょっと違うだけの形を指しているにすぎず,数え上げればきりがないし,そうする意味もありません。中には,楷書でなく篆書
(『漢辞海』「斉」の項より)を持ち出して異体字に含めて紹介しているものまでありますが,それは書体の違いであり,草書や行書を持ち出して異体字と称してもお門違いなのと同じことです。ワタナベさん
ここでは「渡辺」とその異体字を問題にし,「渡部」のような別字は扱いません。
常用漢字「辺」の旧字体は「邊」です。「二等邊三角形」なんてテストの答案に書いていたら時間切れになりそうなので,新字体になって良かったです。
「邊」の異体字に「邉」があります。多少簡略化されている感じなのかなと思えます。
意識するのはこの3つで十分です。あとは,旧字体の複雑な部分が人によって書き方がちょっと違うといったぐらいです。昔は手書きでしたから,こういう複雑な字は少しぐらい違うのは普通のことで,「何の字を書いたか」が伝わればいいのです。
常用漢字体でOK
歴史的背景としては旧字体もあるわけですが,今日の正字は常用漢字ですから,常用漢字体で「斎藤」「斉藤」「渡辺」と書けば良いのです。とりわけ,多くの人が読む機会のある場では,その方が良いのです (新聞は人名でも常用漢字体を用います)。漢字は形の違いによって読みや意味の違いを表します。読みや意味が違わないのなら,形は同じで良いのです。書き手によって「自分はこういう形で書きたい」というのは自由ですが,それを読んだ人が書き写すときにはまたその人の考えで異なる形になり得ることは承知しておく必要があります。ただし,「斎」と「斉」のように別字であるものは区別する必要があります。
